川桁断層と扇状地

平地の川桁断層崖

猪苗代湖と川桁山地(川桁山1413m)の間には、南北に走る川桁断層がある。湖岸から北へ延びる断層崖と断層崖の間に内野(うつの)、川桁、都沢などの山麓扇状地が並ぶ。扇状地には高さの異なる2~3段の面があり、かつての湖水位変動の証拠とされている。

川桁扇状地内の堆積物は、段丘をつくる堆積物から姶良(あいら)火山灰(※1)が、扇状地堆積物の上部には沼沢火山(※2)由来の降下火山灰が見つかることから、約2万年前から約4千年前の間に堆積したと考えられている。

川桁山地はおもに花崗閃緑岩(かこうせんりょくがん)からできている。黒雲母、角閃石(かくせんせき)、石英、斜長石(しゃちょうせき)が含まれる深成岩で、中生代の白亜紀に大量のマグマが地下でゆっくり冷えてできた岩石である。樋ノ口、川桁などの東側山地では、鉱物がしま状に並ぶ(マイロナイト化の)部分が見られ、地下で強く変形を受けたことがわかる。花崗閃緑岩は強い圧力を受けながら上昇し、地上に露出してきたことを示している。

JR磐越西線関都駅から東方に見える崖には、結晶片岩(けっしょうへんがん)がある。この岩石は、もともと砂岩や泥岩などが、地下の強い圧力やマグマの大量の熱によって新しい鉱物ができたり、その鉱物が並び変わったりしてできた。つまり生まれ変わった岩石(変成岩)である。したがって崖に見られる結晶片岩のもと(変成する前)の岩石の形成時期は、花崗閃緑岩の場合よりかなり古い。

川桁断層の発生によって、西側(猪苗代湖側)地域が大きく沈んだ。小坂山、五万堂山の西側山腹も湖底へ向かって急崖となっている。一方、西方の背炙山地(せあぶりさんち)では断層や火砕流の堆積によって高まりが生まれた。そのため川桁山地と背炙山地の間に猪苗代湖の「うつわ」となる大きな凹地が生まれた。凹地には現在の日橋川(にっぱしがわ)の上流にあたる川が北方向に流れ、会津盆地へ注いでいたと考えられる。やがて約5万年前、磐梯火山の岩なだれ(翁島岩なだれ)が翁島や磐梯町などに流れて河川を塞いだため猪苗代湖が誕生した。

川桁断層は、日本の古い基盤(約2300万年以前の岩石類)を西南日本と東北日本に2分する有名な棚倉構造線(福島県棚倉町から茨城県常陸太田市へのびる左横ずれ大断層、約1億年前発生)につながる断層である。棚倉構造線は、川桁断層を経て北へ桧原湖岸の断層、さらに山形県朝日山地へ延び、全長約200km以上とされている。川桁断層は県内でも最大クラスの断層の一部である。

※1 姶良火山灰・・・桜島のある錦江湾が姶良カルデラで、29,000年前に巨大噴火をした。その火山灰が福島県にも到達している。桜島はこの姶良カルデラの南側のカルデラ壁上に形成された火山である。

※2 沼沢火山・・・会津盆地の西方の金山町に位置する火山である。5,400年前に大規模な噴火をし、その火山灰が猪苗代盆地にも到達している。

断層と沈降